2012年5月20日(日) 15:39 JST
沿革
津軽保健生活協同組合のあゆみ
- 1947年 津川診療所開設(代官町)、津川武一医師と看護師2名でスタート
- 1950年 同診療所、親方町に移転。同診療所、品川町に移転
- 1951年 入院室のある津川医院を品川町に開設。津軽保健誕生の地に
- 1952年 2月24日 津軽保健生活協同組合結成総会開催。健生医院本郷診療所開設。
- 1953年 大清水診療所開設、結核患者の収容を開始。組合機関紙「新聞」創刊。大清水健生病院に名称変更
- 1954年 和徳診療所を開設。
- 1956年 大清水健生病院に精神科病棟42床完成。初めて病院車を購入
- 1957年 品川町の健生医院を元寺町に移転
- 1958年 健生医院を「健生病院」に、大清水健生病院を「健生病院大清水分院」に改称。
- 1958年 津軽医療生協設立、1931年に産業組合法に基づき組合員の手で造られた津軽資生療院浪岡分院を引き継ぎ、津軽病院設立
- 1959年 ソ連医学アカデミーから3万人分の贈物「小児マヒワクチン」
- 1961年 アルコール中毒対策の研究と並行して「酒の害から家庭を守る妻の会」結成
- 1962年 元寺町診療所開設
- 1963年 全国初といわれる「医療活動部」(現在の組織部)発足、組織活動と移動診療が再開
- 1964年 7月 健生病院の呼びかけで脳卒中・高血圧の患者を中心に社会復帰をさぐる運動母体「だるま会」結成
- 1964年 10月 移動診療をきっかけに、班づくりや組合員運動が進み、厚生大臣から優良生協として表彰を受ける
- 1965年 第1回地域活動者会議開催
- 1966年 健生保育所を萱町に開設
- 1967年 第1回班長活動者研修会開催
- 1968年 健生病院第1期棟完成
- 1969年 健生病院第2期棟完成
- 1970年 精神障害者(家族)の集まりである「ひまわり会」結成
- 1971年 集団検診開始
- 1973年 訪問看護スタート、健生病院が救急指定病院取得
- 1974年 保育所完成、「たんぽぽ保育園」を命名
- 1976年 藤代健生病院開院、同病院にアルコール病棟開設
- 1978年 青森県高血圧脳卒中友の会結成大会
- 1980年 第1回健康まつりを北和徳工業団地で開催
- 1981年 「パーキンソン友の会」結成
- 1982年 五所川原診療所開設
- 1983年 五所川原診療所で糖尿病患者会「あやめ会」結成
- 1984年 社会保障学校開催、第1期生が卒業
- 1986年 津軽地方の医療と福祉を守るため「医療と福祉をよくする会」発足
- 1987年 健生病院のICU病棟・脳血管センターの開設と増改築
- 1988年 社会保障学校卒業生による「くらしの相談員」中央連絡会結成
- 1988年 7月 津軽医療生協の黒石診療所オープン
- 1988年 9月4日 津川武一組合長逝去
- 1989年 第1回赤ちゃん同窓会開催、前年度健生病院で生まれた赤ちゃんのお母さん方に呼びかけ子育て交流
- 1990年 津軽保健生協と津軽医療生協が合同し、新しい津軽保健生協が誕生
- 1992年 高齢者の福祉保健医療・生きがい対策求め津軽28町村と懇談
- 1993年 ALS患者への公的対策求め県へ要望書提出
- 1995年 阪神大震災医療支援隊を続々派遣、訪問看護ステーション「たまち」「なみおか」オープン
- 1996年 精神障害者生活訓練施設(援護寮)「コーポさくら荘」落成、平賀診療所オープン
- 1997年 津軽医院で老人デイケアを開始
- 1998年 医療組織部の責任者、木村公麿副理事長逝去。1963年当時、経営的に苦しい時期に、健生病院を立て直す運動の先頭に
- 2000年 健生ヘルパーセンター「かけはし」開設
- 2001年 藤代健生病院に老人性痴呆疾患治療病棟の完成、健生病院が救急医療の功労で厚労大臣から表彰
- 2002年 精神保健法の理念に基づき利用者の自立と社会参加、社会復帰を促す「地域生活支援センター・ピアス」開設
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